母が映画を見たがっているのだが。

スパグラの打ち上げの時、
一緒にお手伝いをしていた後輩と久しぶりに話をした。
彼は初演の時の「ジーザス・プロジェクト」の主役だ。
いきなり「賀茂さんってすごいですね!」と
興奮気味に迫られらてしまった。


聞けば、TVでマグダラのマリアジーザスの関係についてやっていた。
(きっとダビンチさんのお話もやっていたことでしょう)
彼は寝転がりながら思った。
「ん?それ、どっかで聞いたことがあるな・・・。
は!何年か前に芝居したよ!すげー!!賀茂さんすげー!!予知能力だー!」
超ビビッたと言う。(いいヤツだ・・・。)


すごいでしょ!と言いたい所だけど御免ね!(笑顔)
その話、この業界(どこだ)では有名なのヨー。
でも、とりあえずダンより先にやっておいて良かったとは思う。
男性主体の色が濃い聖書において、
重要なシーンに一人の女性が必ずいるって色々考えるよね・・・。


この二人のエピソードで一番好きなのが、ヨハネ伝の復活のシーン。
ジーザスの遺体がお墓から消えていて、泣いているマリア
「何故泣いているのか?」と男が聞く場面。
まあ、その男が復活したジーザスなのですが。
本当に泣いている理由が判らないのなら、あまりにウッカリさんだし、
理由が判っていて尋ねたんだとしたら、もっとウッカリさんだ。
「な〜に怒ってるの?」
「もー、貴方が怒らせたんじゃな〜い。」
というバカップルなスメルを感じるのは私だけだろうか。
大丈夫ですか、この演出。観客に気障とか思われませんか。(心配)


ジーザスは超越した人なんだ!と超越していない側が書くわけで、
その段差に、人の救われたささ加減がある気がする。(日本語・・・。)
それを全部背負っているジーザスを思う。
神様業は大変だ。